天才風水師・鮑黎明先生の思い出 その1

著者・田中(あらいちゅー)の自画像田中(あらいちゅー), 馬主で大家で占い師田中(あらいちゅー) @araichuu Twitter

鮑黎明先生の思い出

恩師・鮑黎明先生が亡くなって、もうすぐ3年。
恩師と言っても、正式に弟子入りしていたわけではないのですが、ご近所さんということもあり、終電を気にせず朝まで中国茶を飲みながら、語り合ったものです。
「これは教えちゃダメだよ…」ということで、四柱推命の合婚法や結婚運の見方を、明け方にチラリと教えて下さったり。
本当に楽しい思い出です。

神業としか言えない記憶力と計算能力

先生は会う人会う人の生年月日を必ず記録しておられ、そして殆どの場合は暗記しておられましたので、「この人はこういう人でね…そして命盤はこうだから…」という話を、本当によくしました。
今から思えば、自分の占いのセンスはあの場で鍛えられたのかもしれません。
というわけで、最近鬼籍に入られた先生方の伝説を少しずつ残していくのも、不肖の生徒に出来る精一杯の供養であろうという思いから、まずは鮑先生の思い出を少しずつ書いていこうと思います。

なくなった鍵の話

先生は皆で飲んだり、食べたりするのが本当にお好きで、占術教室が終わった後はほぼ必ず、近くの魚民で宴会をしておりました。
宴もたけなわ、そろそろ解散となった際、その日参加していた(美人占い師で有名な)某先生が「鍵がない!これじゃ帰れない!」と言い始めました。
そこで酔っぱらった先生が「占い師なんだから占いで見つけよう」と、他の生徒さんが持っていたサイコロで、その場で五行易(断易)を立てます。

卦と暦を記録しておかなかったのが悔やまれるのですが、先生はサイコロを一目見て「カバンの中だ。あなたは探したと思ったかもしれないが、そこにあるからもう一回よく探してみなさい」と一言。

某先生は「そんなはずはない、すっごく探したので…」と半信半疑のご様子。
不承不承でカバンをひっくり返したところ、なんと本当に鍵が出てきました。
鮑先生はそれを見て一言「うん、占い師はこれくらいできないとね」。

占いをやっている方はご存じだと思いますが、失せもの、当て物(射覆)は本当に難しいのです。
べろんべろんに酔っぱらった状態で、しかも魚民で、サクッと当ててサクッと帰宅される鮑先生は、それはそれは男前でした。

そしてこの話の本当に凄いところは、鮑先生が五行易の納爻だけではなく、万年暦も暗記(もしくは計算で繰り出せる)していたというところでしょうか。
先生は万年暦だけではなく、紫微斗数の盤も暗算で出すことが出来ました(紫微斗数の盤がどれだけ複雑なのかは、下の画像をどうぞ)。
鑑定を受けた方のなかには、手で命盤を繰っていたところをご覧になられた方も多いのではないかと思います。
晩年はさすがに多忙の故か、台湾製のPalm用占いソフト「掌中算命」を愛用されていましたが、パソコンがないと仕事にならない!という私たちとはケタの違う人でした。

というわけで、次回は鮑先生と紫微斗数について書いてみようかなと思います。いつになるか解りませんが…。

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