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#8345
境内の易者さん
ゲスト

東洋さんや、ほかの人から、境内の易者さんのことを、また教えてもら
いました。江戸時代の平沢流という方法を習ったらしいそうです。
江戸時代の易占いは、今の時代と違って、ほかの断易占いや梅花易
占いなどの方法が、微妙に混ざりあった所があったらしく、平沢流にも
そんな方法があったかもしれないそうです。

東京には「喜八堂さん」という有名な、平沢流の人がいたそうです。
お名前が「喜八さん」というらしく、和菓子屋さんの生まれだったらし
いので、「堂」の字をつけたかもしれないそうです。明治時代の生ま
れだったそうですが、大正、昭和、平成と、とても長命な人だったらし
いそうです。

字が「喜鉢堂」となったもので、本が見つかることがあったそうです。
人相、家相の本にも、伝承者みたいな感じで、名前が書かれている本
が、あったらしいそうです。直筆だったらしい「卜筮実占控」という占い
実例集は、どんな人が購入したのか、話題になったことがあったらしい
そうです。別の「卜筮管見通秘」という本は、分冊みたいな感じで分か
れたものを見たそうで、さがしている人もいたらしいそうです。
もしかすれば、いつか「復刻版」や、研究した人による「注記・補足」み
たいな感じの本を、見ることがあるかもしれないそうです。

平沢流の本では、大坂で有名だった、「紀藤元之介さん」という先生が
書かれた「平沢随貞占術極意書」を、見たことがあるそうです。紀藤先
生が発行していた「実占研究」という雑誌にも、ペンネームみたいな感
じで、平沢流の記事が掲載されていたらしいそうです。

長目永見は、長目の法、永見の術、那我女の法、などとも言われるら
しく、古神道に伝わるものらしいそうです。江戸時代の平田篤胤みたい
な人は、神道だけでなく道教の影響も強く受けながら、儒教の易経の
本も書いているらしいそうです。神仏習合という言葉もあるそうで、平
田篤胤の影響を受けた人たちはとても多くて、たくさんの団体もあっ
て、どこかで境内の人に、つながっていたかもしれないそうです。

去年の11月27日の№8038の「墓は・・・」は、会社で墓相風水として
制定手続した、46の標語によるキャッチフレーズらしいそうで、「墓相
風水言い伝え」などのパンフレットも、墓じまいの影響らしいそうです。
ソーシャルディスタンスから、手相や人相占いなどで、遠隔の映像診
断や顔認証診断みたいな人が、いろいろ増えたらしいそうです。

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