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2018年1月20日 4:46 PM
#4834
ゲスト
平成になって、おなじみさんから、その後のことを、聞いたそうです。妹の人は結婚して、子供も、一人生まれたのですが、離婚したそうです。ただ病気で、はやく亡くなり、子供は夫だった人が、最後は、ひきとったそうです。恋愛を占った、姉の人は、結婚しないで、独身のまま、年金をもらう年令に、なったそうです。
人の一生を聞くと、どこか気持ちが沈むような、そんな感じです。人の一生を占って、さみしい、悲しいなんて、占い師さんは、感じないのかなと、Iさんが言っていました。
東洋占いの人は、お客さんと、占い師さんの、相性も、大事だと言います。
本や教室のある占い師さんでも、当たらない占い師さんが、いたそうです。普通の、街の占い師さんだと、思っていたら、話がおもしろく、また見てもらいたくなり、何度も行く、そんな占い師さんも、いたそうです。
K市のS先生は、街の占い師さん、だったそうです。先生が最初に習ったのは、××宗のお坊さん、だったそうです。小津映画の、「彼岸花」を、見たころだそうです。
そのお寺は、明治から昭和に、たくさんの本を出版した、S文館、J易館などの本や、めずらしい、大正時代の、西洋占星術の本も、あったそうです。
宿曜、四柱、九星、家相、易、人相、西洋占星術、中国占星術に、天眼通という本もあり、いろいろな話を、聞いたそうです。
むかしは、占い教室や、お弟子さんになり、ひと通りのことは習っても、実際に占う時の、大事なところは、習えるのか、微妙だったそうです。先生によっては、気にいった人にだけ、教えることが、あったそうです。